Archive for 3月 16th, 2009

 

そろそろ、真紅ちゃんが来て、一ヶ月くらいですね。

私は最初は「真紅ちゃんは手に入らないんだから、真紅ちゃんに近いお人形がどうしてもほしい」って思ったのが最初でした。

ですから、全くお人形には執着はなかったですし、私にはローゼンメイデンの「真紅」としてしか興味はなかったんです。

 

今でも、基本的にそれほどハマっているかといえば、微妙ではあるんですが、、、

(いえ、はまってたら、きっと私のことですから、既に全自動糸調整機能付きの4本ロックミシンを買っています。はい。)

 

端から見れば、宗教がかって見えたりもするんでしょうし、「さすがにそこまでは・・・」っていうくらい凝っている方もいますけど、真紅ちゃんが来て、一ヶ月たって、私にはこう見えました。

 

「あー、これってシルクスクリーンと似ているな」

 

と。

 

皆さん、シルクスクリーン、ご存じでしょうか?

私もよくは知りませんけど・・・版画の一つですよね。言い方によっては「印刷」です

 

あれを、「単なるコピーじゃん」ってとる人もいれば、芸術としてとっている人もいる。

あれの作られ方ですが。

1)絵描きさんが原画を書く

2)(主に契約の画商が用意するようですが)版画工房のような技術者集団チームがこの世にはありまして、彼らが決められた枚数をシルクスクリーンという技法で刷り上げる。

3)最後に画家がチェックし、シリアル番号とサインを入れる。この場でたいていは版下は直々にナイフで切って破棄する。

まぁ、こう書くとやっぱり単なるコピーなんですね。

で、私も、シルクスクリーンにはそういう価値しか見えなかったです。

 

でも、これってSDも全く同じですよね。

1)造形を作る

2)キャストで複製>店頭に並ぶ>客が選ぶ

3)造形チームに送り返していろいろ注文通りに仕上げてサインしてシリアル打って納品。

 

結局「造形師」が作った原型と絵師の描いた「原画」の差があるだけで、手間のかかるコピーという点では同じですよね。

シルクスクリーンもSDも物としては、確かにコピーです。

 

じゃあ、原画やビスクドールや彫刻は芸術品で、シルクスクリーンは芸術品として認められてないんですか?

ちがいますよね。

版画って、近代以降の標準的な作品形態の一つですよね?

だから、図画工作の時間でも授業としてあるんですよね。

 

べつに、SDは芸術作品ではないでしょうし、そもそも、芸術なんて「多くの人が認めたかどうか」という観念的な存在ですし、ボークスもただ飾られるのを望んではいないと思いますが、こういうSDのようなドールも思いを込めるにふさわしい相手として、「あり」なんじゃないでしょうかね?

 

前に芸大出の絵画関係のお仕事をやってる方がこういってたのを聞いたことがあります。

 

「もしね、絵画をお金と対比して買うんだったら、買わない方がいいよ。絶対損するから。ほしいと思ったら、それはシルクだろうと原画だろうとそれはお買い得だよ。」

「シルクも、基本的にデッドコピーでない限りは、シルクスクリーン自体が職人芸だし、基本は画家さんがチェックしてだめな物はハネてるのよね。だから、そういう芸術品なんだと思って見てほしい。レア度とか、そういうことに目をとられるなら、買わない方がいいよ。」

「絵ってね、それ自体にはもう何かが書いてあるんだけど、実は持ち主の鏡なんだよ。それを見てあなたが思ったことは、それは今あなたが自分に対して思ってることなんだよ。だから、今日、この絵を見て今思ったことと、10年後にその絵を見て思ったことは全然違って当然だし、「絵を見て気持ちが整理できた、」とか、「絵を見て落ち着いた」とかって本当にあることなんだよね。分かっているんだけど人に何かを聞いて分かり切った答えをもらいたくなったりするのと同じだよね。」

「そういうところに「豊かに暮らせる」と価値を見いだせたら、それはお得だったんじゃないかな」

 

と、そういうことを言ってました。「芸術だから買う」じゃなくて「あなたが気に入ったかどうかが重要」ってことなんですね。

結局私は、絵は持ってないんですけどね。

 

で、どうでしょう。手元の真紅ちゃんは毎日毎日違う表情を見せます。

どんなにがんばっても、写真を撮る気にもならない日もあるし、むすっとしているように見える日もあります。

で、やっぱ、そういうときは心当たりがあるんですよ。

自分に恥ずかしいことをして、気になってるとか、反省すべき点があったとか。

だから、真紅ちゃんを見ていて「見透かされた気になる」んですよね。

 

ほら、今は「mao,えらいわ」って言ってくれているように見えます。

 

 

※とっさに私の位置から、背景だけ入れて写真を撮ってみたのですが・・・私にしかそう見えないかもデスネ・・・

 

 

ここにいる真紅ちゃんは、確かにただのフルチョっ子で、限定ではないし、キャストコピーです。

でも、造形村アイは私を確かに見続けてくれていますし、このメイクは私のためだけにプロが手を動かして仕事をしてくれたものです。

そして、今日も私の心の中を見透かしています。

 

これが、昔、絵画の人が言っていたことなんじゃないでしょうかね。これが私にとっての、この真紅ちゃんの価値なんだと思います。

きっと、私は真紅ちゃんに来てもらって幸せなんだと思います。

ジュン君が真紅ちゃんとお話しして、一緒に暮らしていろいろ得たように、きっと、私もたくさん幸せにしてもらってるんだろうなって思います。

 

 

結局、こういう気持ちを表現しようとすると「宗教がかった」ことになっちゃうんですけど、これは、、、体験しないと分からないですね・・・

SDでも絵画でもビスクドールでもいいですけど、体験した方には分かっていただけるかと思います。。。