2019年8月14日 掲載。リビジョン8
【概要】
Ethernet用CAT5ケーブルを使用したadatフォーマットデータの長距離通信機(トランシーバ)を作成した。
【背景(開発に至る経過と問題点)】
低予算ライブにて使用していたアナログミキサーが壊れたため、置き換えでYAMAHA DM1000を中心としたシステムを構築しようとした。
そこで、今までの問題点を洗い出したうえで、選択肢としては
1)今までのMackie1608の置き換えとして、DM1000を導入する
2)キャノンボックス2本のケーブル引き回しが大変であるとの現場の意見を
解決するためDM1000-ステージ間の通信をデジタル化することで軽量化する
の2つが上がった。
今回可能であれば後者を取りたく最悪の落としどころを前者として取り組むこととした。
そこで上がってきたのがステージボックス⇔DM1000間の通信の問題であった。
当初は軽く考え、ネット上でSPDIF optical通信(オーディオ用の光通信)が20mで成立したとの事例をもって、同じ素子を使うadatもこれで可能と考えていた。
なので、adat通信機能を持つ8ch in / 8ch outの入出力ボックスであるbehringerのADA8000シリーズを2台使用し、DM1000にはadat2in /2 outのオプションカードMY16-ATを取付け、本システムを構築しようと考えた、
これで光通信4本または光通信3本+マスタークロック用同軸1本で接続ができ、少しは軽量化されるものと考えた、
しかしながら、信号劣化により通信不成立であったため、ここを解決する必要が出来た。
【開発の経緯】
当初の対応策は以下の4つであった。
①adat coaxに変換し通信する。
②adat opticalの信号強度UP
③adat opticalを電気信号に変更しEthernet用ケーブルで転送
④既存通信網の導入(「MADI」「Dante」「AES50」が候補)
このうち、④はコストが高くつくので最終手段として、ステージボックスデジタル化をあきらめる事とのバーターとした。
DA表は作っていないが、内容としてはMADIはひたすら高い。Danteは現在有力な規格であり、かつ値段も幾分か現実的なものの、それでもadat変換器[Ferrofish Verto 32 ]が15万円、ステージボックス「Tio1608-D」が16万7千円となっている。
AES50であれば、BehringerがX32のためのステージボックスとして6万7千円そこそこで入手可能であるが、DM1000側が対応していないようである。
いずれにしろ、そこそこの導入コストがかかり、今度はライブでそれを回収する価値を考えたときに、完全に自己満足や趣味の領域になってしまうことは明らかであった。
PCやミキサーを通した遠隔操作が可能な点はあり、これは付加価値ではあるが、実際の運用時を考えると事実上、会場ごとに一回設定した値で最後まで行く、または機器を付け替えたときに危機に対応したゲイン設定にする程度の用途とが実用的であること、設定の為のPCを持ち込むのは魅力的ではないこと、と考えているため、これによる受益は考えないこととした。
よって、一度④の考えを破棄し、目標として「これらの機器を導入するより安く解決する」という目標を追加し、管理することとした。
次に検討したのは①、②、③.この中で「市販されているアダプター等で解決できるか」「それはキャノンボックスのケーブル2本引き回すより楽か?」という視点で考えた。
①については、おそらく前者は可能。ただし、ケーブルは4本のままであり、変換前を入れると全部で12本+アダプター8個となり、電源も必要になる。
②についても①と同じで、真ん中で中継するとして真ん中で中継器4つが必要になる。
しかも客席の中ほどに機材を置くことになりトラブルの際にステージ上での作業以上に対応が困難になる。
③については製品があるかどうかが課題。というか、調べた結果、ない。作るしかない。
ただし、うまくいけばCAT.5ケーブル一本にまとめて転送が可能。
この選択は悩んだが、結果として当初の目的である使用時の利便性(=取り回しが従来方法に比べて簡便であること)を重視し、③を取ることとした。
自作であることのデメリット(=誰も品質を保証していない。壊れるかもしれない。)については、試験時間を稼ぐこと、予備をワンセット常に用意することで実績保証することとした。
【システム検討と機能分解】
まず、単純に目標としては
・(Must)16ch(実使用は14ch)のミキサーへの入力
・(Must)8ch(実使用は最低4ch)のミキサーからの出力
・(HighWant)マスタークロックはDM1000からの信号を受けること
を達成すること。
つまり、adat 上り2ch、下り1chを確保すること&マスタークロック信号を何らかの手段で送り届けること。
よって、システムとしては最低3chをイーサネット経由で転送し、下り信号はボックス直前で2つのボックスに同じ信号を入れるよう分岐させればよい。(以下図1)
図1 システム結線図
もちろん、上り下り2chずつ、4ch全部転送してもよいのだが、それは次のチャレンジとすることとした。
よって、DM1000側の通信機(以下、adat on EtherCable = AOEとする。)には
・2チャンネルの光送信(電気信号→光)機能
・1チャンネルの光受信(光→電気諡号)機能
・通信に必要な十分な品質の電気信号をケーブルに対して創出する機能
・通信信号を確実に受ける機能
が必要になる。
【第一回目の試験】
最初、単純にTTLレベルの0V-5V信号で通信するとすれば、光受信器がTTLに対応していればそれでよいし、信号が弱ければドライバーアンプを入れればよいと考え、イーサネットケーブルにはグランドと信号線を対にして送り実験した
結果だけ言えばこれでは20m通信を安定してこなせなかった。
ノイズで波形が崩れてしまっていることが分かり、インピーダンスを落とす=電流を流すことで安定させようとして受信側に抵抗を入れてみたりしたが症状は多少改善したものの安定したとは言えなかった。
機能「・通信に必要な十分な品質の電気信号をケーブルに対して創出する機能」が目標未達であった
【第二回目の試験】
第一回目の反省を生かし、通信にふさわしい方式を選定した。
結果、DIY可能であり、かつ遠達可能な転送方法は2つ
・強い電力を使う通信
・差動通信(LVDSまたはM-LVDS)
・さらに高度な通信(Ehernet技術?)
インターネットで調査した結果、現状2019年8月の段階で、このうち
・44.1kHz*24bit*8ch≒<10MHzの高速通信が可能であること
・DIY可能(入手可能)な材料で構成できること
を満たすのは(本当にぎりぎり満たす状態だが)差動通信であることが分かった。
これにより試作した基盤での通信は、20m以上(20M以上部分が延長アダプターでつぎはぎしたCAT5ケーブルであっても!)においても非常に安定した通信が出来ており、現段階で24時間以上の連続通信を行っているが、監視内で特別不都合は起こっていない。
【結果】
BehringerADA8000 + ADA8200(どちらも8ch IN /8ch OUTでadatサポート)をステージボックスとし、adat光通信ををLVDSに一回変換し伝送後に再びadat光信号に戻しDM1000のオプションカード(adat 2IN /2OUT)につなぐこととした。
なお、少しでも安定させるため、グランドレベルを送受信機で共有するために通信はDM1000→ステージボックスはadat 1チャンネル(オーディオ8ch)とし、しかし、ステージボックス2つには同じ信号を分岐して入れることでシステムクロックを同期させるための信号を作ることとした。
【回路図】
【資料】
●ミキサー側通信機
●ステージボックス側通信機
●基盤画像。(写真は予備機)
【結論】
ペアで3000円程度(予備機入れて6000円程度)での作成ができた。
これは、S16の販売価格67000円に対し、ADA8000の2台分購入費(42000)+通信機作成分の金額より安く、かつS16一機分同等である16ch IN / 8ch OUTと同性能であり、コスト・性能ともに目的を達している。
【残存課題】
・本回路採用時のシステム全体のDRBFM
単品としては予備機を作ることで目下対応としたいが全体としての課題上げは必要。
・本回路内の安定性について未検討となっている件。
これに関しては、動作時間を長くとり、また環境ふりを行うことで実績で置き換えたい。
・4ch転送(私としては必要性低いので優先度極低。)
【所感】
日本において、この手のICを小口で手に入れようとした場合、入手が限られる、つまり、ほぼマルツ電波さんを通した購入一択となる現状に驚いた。
かくいう私もインターネットで仕事の合間に数日探したうえで結局マルツ一択となった。しかも、5日で手に入る4chのトランシーバというと、もう部品の選択肢もなかった。
この類のものは、ほぼ入手困難か、またリール単位での購入(例:1リール2500個)となり、これはちょっとしたガジェット工作には不向きである。
ただ、これらを購買人に合わせて多数在庫を確保するのも日本の事情を考えるとなかなか難しい妥当と想像に難くない。山間部の空間をうまく使い、雇用と場所の確保を両立できればとは思うが、この類のものはただ置いておけばよいわけではないこともあり、なかなか厳しいDIYの事情を垣間見た。